講師プロフィール

矢冨圭子

矢冨 圭子Keiko Yatomi

経歴

東京都中野区生まれ。
その後、港区、板橋区、文京区、甲府市、シアトル(米国)、浦安市を経て、2016年より豊島区長崎在住。

東京藝術大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業
元東洋英和女学院中高部教諭、元山梨英和高校非常勤講師
全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員
新日本フィルと「サンデーアフタヌーンコンサート」で共演、英国大使館でのコンサート、ジョイントリサイタル、NHK-FM等に出演。
その他、都内の福祉施設、緩和ケア病棟(ホスピス)での演奏ボランティアも行う。

林美奈子、田村宏、松浦豊明の各氏に師事、クラウス・シルデ、コンラート・ハンゼン各氏の薫陶を受ける。

経歴

東京都中野区生まれ。
その後、港区、板橋区、文京区、甲府市、シアトル(米国)、浦安市を経て、2016年より豊島区長崎在住。

東京藝術大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業
元東洋英和女学院中高部教諭、元山梨英和高校非常勤講師
全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員
新日本フィルと「サンデーアフタヌーンコンサート」で共演、英国大使館でのコンサート、ジョイントリサイタル、NHK-FM等に出演。
その他、都内の福祉施設、緩和ケア病棟(ホスピス)での演奏ボランティアも行う。

林美奈子、田村宏、松浦豊明の各氏に師事、クラウス・シルデ、コンラート・ハンゼン各氏の薫陶を受ける。

ピアノと私

幼少期 ピアノとの出会い

私がピアノを始めたのは4歳の時、いつも遊んでいるお友達が始めたのがきっかけでした。
まず最初に使った教材はバイエル、当時は今ほど教材の選択肢はありませんでしたから、ひたすらト音記号、ハ長調のみの曲を弾いておりました。

ピアノは、母の子供時代にはクラスに一人か二人、恵まれた家庭のお子さんだけが持てる・・母にとっては憧れでした。ですから、我が子がピアノを始めたことは母も嬉しく、いつも私の傍らで練習に付き添ってくれました。それが時には喧嘩の種にもなりましたが(口うるさく言われると、子供にとっては辛いこともあります・・)、今振り返ってみると、母が付き添い、練習の習慣を身につけさせてくれたことが、その後の歩みにはとても大切なことであったと思います。

小学生~中学生時代

その後、小2の時に大きな転機がやってきました。
当時、NHK教育テレビで放映されていた「ピアノのおけいこ」という番組で、生徒として三浦浩先生(当時、桐朋学園大学教授)にご指導を受ける機会を得ました。30分の番組の中で3人の生徒がレッスンを受けるのですが、本番前のリハーサルでもレッスンを受けることが出来ました。

それまで習っていたレッスンとは何から何まで全く違い、何をおっしゃっているのかさえわからず、最初は戸惑うことばかり。リハーサル時には「あなたは落ち着きがないから、目をつぶって弾いてごらんなさい」とまで言われる始末でした。それでも半年間に多くを学ばせて頂き、元のレッスンに戻りましたが、曲に対して表現のアドバイスなどは無く、楽譜を間違わずに弾けたらマルが頂けることに疑問を感じ始め、4年生の時に、より専門的なレッスンをして下さる先生に変わりました。

林美奈子先生のレッスンでは、脱力、そして聴くことの大切さを教えて頂きました。指を動かすことにのみ意識が行っていたのですから、さぞかしひどい演奏であったことと今では容易に想像できます。レッスンに伺う度に「もっとゆっくり!全然聴けてない!」と毎回のように檄を飛ばされました。厳しいレッスンで、途中で追い出されたことも!次のレッスンこそは・・と必死で練習、一週間があっという間でした。この期間に、コツコツ練習することを身につけられたと思います。とはいえ、精神年齢の低い私は、まだまだ音楽の本当の素晴らしさを知るには至っていませんでした。

高校生~大学生時代

高1の夏からは、松浦豊明先生に教えて頂きました。音楽を心から愛していらっしゃることが毎回のレッスンから伝わってきました。フーフー言いながら練習していった曲を先生が目の前で弾いてくださると、同じピアノとは思えない美しい音色が!そして弾いていらっしゃる時の先生は、それはそれは楽しそう、幸せそうなお顔で・・・「音楽には、まだ私が知らない何か素晴らしいものがある!」と実感した瞬間でした。「先生にしがみついて、その何かを知りたい!」と強く思いました。先生は、椅子の高さ、姿勢、呼吸、脱力、そして細かいタッチの違いで音色を弾き分ける術を惜しげも無く教えてくださいました。

その頃には、奥手な私も大人への階段を登り始めていましたので、作曲家たちの作品一つ一つに込められた気持ちを考えるようになりました。作曲家も人間、時に時代に翻弄されながらも、私たちと同じように喜怒哀楽を感じながら懸命に生きていたことに思いを馳せられるようになり、過去の作曲家の作品を弾くということは、その人の気持ちに思いを馳せる事でもある、と思うようになりました。

大学でも引き続き松浦先生に師事しましたが、高校時代のように手取り足取りのレッスンではなくなりました。自立の為に自分でしっかり考え、まとめていくことが要求されました。大学では、ピアノトリオや伴奏法、また声楽、弦楽器、管楽器などの伴奏、レッスンにも向き合いました。一週間に何曲も抱え、自分のレッスンがおろそかになるくらいでしたが、ピアノソロでは学べない多くのことを経験することができました。

中高の音楽教師として

卒業後は、母校での教育実習で、恩師にお声がけいただいたこともあり、専任教諭として中高生を教えました。勝手知ったる母校、されど立場変われば可愛くも手強い後輩たち!時に反抗期の生徒に悩まされましたが、音楽好きの生徒が授業後にピアノのところに駆け寄ってくれて、休み時間もピアノを弾いたり音楽談義。今となってはどちらも楽しい思い出です。時に2クラス合同の授業も担当する中、「教える」ことの多くを学びました。中高の少女から女性へと成長して行く、人生の大切な6年間に関わらせて頂くことの責任を感じながら、教えることに喜びを感じました。

また、夏には野尻湖畔でのキャンプで水泳指導にも駆り出されました。大自然に抱かれた湖畔は、私たちを静かに優しく包み込んでくれ、都会では見られない生徒たちの素顔を垣間見ることもできました。
今でも大切に思うのは、生徒たちが寝静まった夜の体験です。桟橋に横たわると、上空には流れ星、そして聞こえてくるのは桟橋にあたる小さな波の音と木々の葉の揺れる音だけ・・電灯さえ無い暗闇と深い静けさの中、自然と一体化したような不思議な感覚・・・この感覚は、ドビュッシーの「月の光」やベートーベンの月光ソナタ第1楽章などの名曲を弾く度に、今も私にインスピレーションをくれる大切なものです。

ピアノ講師になって

結婚後は、夫の仕事の関係で甲府市へ、その後2年間米国シアトルに滞在致しました。シアトルではプロテスタントの教会でコワイヤにも参加、ミュージックディレクター(プロのジャズトランペッター)やパリコンセルヴァトワールに留学経験もある専属ピアニスト兼歌手の方々との交わりを通して、日本とは異なる感覚の素敵な音楽にも出会い、私の音楽の幅が広がりました。教会でのコンサートに参加した折には、演奏後に見ず知らずの方々が駆け寄ってくださり、感動した気持ちをダイレクトに伝えて下さいました。「音楽をやっていて本当に良かった!」と思えたシアトルでの大切な思い出です。

帰国後は、数年甲府で過ごしたのち、実家のある浦安市に戻り、多くの子供たちや大人の生徒さん方と充実した時間を過ごしました。小さなお子さん達が成長なさる大切な時期を、長い年月共に過ごさせていただけることは大きな喜びです。高校生、大学生、そして大人の生徒の皆様は、今も浦安から通ってくださっております。

長い年月ピアノを弾き続けてきて面白いのは、弾きながら自分の内面の変化に気付けることです。若い頃に真剣に向き合った曲でも、今弾くとまだまだ新しい気付きがあり、当時より深い演奏ができていることを確信します。様々な経験をする中で、いつの間にか内面が豊かに、またより繊細になってきているのだと思います。まさに人生無駄なし・・を実感できる瞬間です。まだまだ弾きたい曲がたくさん!自分自身としっかり向き合いつつ歩みを進めて行きたいと思います。

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体験レッスン・お問い合わせ

初めての方には、教材をご紹介しながら、ここでのレッスンの流れをご説明した後、椅子の座り方等の基本をお話し、実際にピアノに触れて頂きます。
途中入会の方は、お差し支えなければ可能な範囲で実際に弾いていただき(決して強制ではございません)、体験レッスンをしながら、これからのレッスンの方向性をお話させて頂きます。

どうぞお気軽にお問い合わせくださいませ。

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